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世界一周 – イタリア

イタリア

 

■第5カ国め:イタリア

イタリア共和国(Republic of Italy)

ヨーロッパ大陸から突き出た左足がイタリア半島。ローマ帝国のはるか前から文明が栄えた豊穣な土地ですが、それが影響したか全土が統一されてイタリア王国となったのは1861年3月のことですから、日本の明治維新とあまりかわりません。人口は約5930万人で、面積約30.1万平方キロメートルは日本の約5分の4。

国語はイタリア語。

通貨はユーロ。GDPは23138.9億USドル(2008年)、一人当たりGDPは約38996.17USドル(2008年)。
水は飲用可能で特に北部は美味しい(フィレンツェを除く)。ミネラルウォーターは気にする方を除いて特にいらないと思います。

イタリアは何度か訪れていて多少の言葉も分かるので安心していたのですが、湿度が高いシンガポール、温度が高くてアラビア語だけ(!)のエジプト、さらに暑さが過酷なモロッコと、ヘヴィな行程からヨーロッパのポルトガルに入ったら、気温が10度以上下がってやっと快適になりました。身体は快適になりましたが、頭の方はそうは問屋が卸さず。シンガポールのシングリッシュなんて可愛いもので、凡そとても英語とは思えないエジプトの言葉。その後のモロッコはフランス語ですが、こちらは随分久しく話していないのでさっぱり出てこず。話そうとするとイタリア語が出てきて、挙句の果てに英語とチャンポンになってしまって、自分でも何を言っているのか、もちろん相手はさっぱり分からない、という状態でした。ポルトガルはポルトガル語ですが、こちらもまったく不明です。ただ、ポルトガルの人は英語を話してくれるので、コミュニケーションは問題なし。母国語をまったく知らない国に出掛けていって、初めて普通に過ごすことができるという、どうにもハチャメチャな状況に陥っておりました。

いよいよイタリア。イタリアなら、とりあえず心配要らないと思っていたのですが、これが出てこないのです。イタリア語が。モロッコで1週間ちかくフランス語をやっていたので、頭がフランス語モードになってしまっているようなんです。それで、またまたフランス語とイタリア語のチャンポンという状態になりました。

シチリアのシラクーザにやってきました。イタリア鉄道の夜行列車でシラクーザ入り。イタリアで夜行列車なんて狂気の沙汰のように聞こえるかもしれませんが、個室寝台でしたのでとても安全かつ快適。しかも10時着で便利です。シラクーザに着いての第一印象は「暑い」。気温は35度くらいなのですが湿度が割と高くて、身体はモロッコより辛いです。加えて日差しが強烈なので、日向と日陰では体感温度が5度以上違う感じです。地元の人に聞くと45度になる日もあるそうですから、ちょっと倒れそうな感じ。子供のころ、イタリアやスペインでは昼寝の習慣があると聞いてとても羨ましく思ったものですが、現地に来てみれば日向なら15分で熱中症になるくらいで、日中は休まないと本当に倒れます。そしてそのまま午後6時くらいまでは動けません。まずは駅近くのホテルにチェックイン。もちろん到着が早すぎるのでロビーで情報収集して、午後少したってから出掛けました。

シラクーザは港町で、街のあちこちに魚屋があります。ちょいと覗くと、海老やアジ、鯛、アサリやムール貝などが山のように盛られていました。そういえば、今回の旅は港町が多いですね。そんな方向感覚確認のための散策を終えて、いよいよかの有名なオルテイジア島へ。オルテイジア島は、シラクーザの市街から橋で連絡しており、島へは歩いて入ることができます。少し進むと高級アパレルショップが並ぶマッテオッティ通りがあり、その先を抜けていくとあの風景がみえてきました。

シラクーザ・ドゥオモ広場

地中海の地図を広げていただくとお分かりになるかと思いますが、シチリア島というのは地中海のど真ん中にある地政学上の要諦。紀元前のころから各民族による攻略と支配の歴史をもっています。世界遺産に登録されている、このシラクーザのドゥオモもその歴史に翻弄された証人で、正面のファザード、神殿の柱、木造の屋根など、さまざまな支配者と文化が入り混じった歴史の象徴のような建物でした。この建物をみると、建築物としての興味深さもそうですが「人間はいったい何をやってるんだ?」と思わずにはいられませんでした。
アマルフィ

アマルフィは、映画になる以前からとても有名な高級リゾート地で、日本でもCMや広告で時折りみかけることがあります。アマルフィに行くには、日本からですと南イタリアに観光地を絞ったツアーが多く人気があるようで、ちらほら日本人をみかけました。私は(あの有名な歌の)ソレントまで電車で行き、そこからバスで行きましたが、日本に例えると、東京から熱海まで電車で行き、そこからバスで伊豆の下田までいくような景色と感覚です。根府川を過ぎてトンネルをくぐると、そこはソレント。

伊豆と違うのは、山の尾根越えの国道なんていう、素敵なものは用意されていませんので、ソレントからのバスは海岸線沿いの断崖絶壁の淵に作られた狭い道を、クラクションを慣らしながら進みます。日曜日になると、全世界から太陽と名勝を求めてクルマがやってきて路上駐車するので、ただでさえ狭い一本道が大混乱に陥ります。そのため、わずか30Kmほどの距離を1時間半以上かけて行くのですから、ナポリからだと3時間近くかかってようやく着きました。

アマルフィ海岸

バスを降りるとあの天国のような景色が目の前に広がって、それはまるでお伽の国のようでした。ビーチにはカラフルなパラソルが並び、人々が海水浴を楽しんでいて、ここに水着を持たずに来るのは何と場違いなことか!ちょっと悔しくなったので、防波堤の突端で日光浴をしました。

さて、街の中に足を向けてみると、すぐ街を見下ろす教会が姿を現します。私が訪れたときには、日本人カップルがハネムーンの撮影をしていました(が、たぶん本当の結婚式ではなくてプロの撮影でしょう。そのうち日本のお茶の間で流れるかも)。そのまま歩みを進めると、アマルフィの人々の住宅地の中へ。

もちろん、ここにも人々の暮らしがあります。アマルフィでは正午に教会の鐘が街中に鳴り響き、人々の生活に規律とリズムを与えていました。この教会の鐘の音こそがイタリアです。

アマルフィのドゥオモ

 

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